東京展ギャラリートーク⑨ 師田久子先生

師田久子先生(かな) 8月29日、国立新美術館
執行役員以上の先生方のかな作品、読売準大賞のかな作品を中心に解説されました。

 

師田先生は冒頭、「一般に書、特にかな書は『読めない』ことがまず鑑賞のウィークポイント。『文字は読むもの』という先入観を少し外して、作品のいろいろな表現や表情を、見て、感じることが大切だと思います」と前置きしました。その上で「筆の運び方には遅い人も、早く書く人もいて(各人の)リズムがある。一番大切なのは呼吸で、どういうふうに持っていくかで作品の良し悪しが決まる。先生方がどのように書かれたのかを想像し、その流れを自分の中で見ていくことで、自分に合う作品が出てくるのではないかと思います」と鑑賞の姿勢をアドバイスしました。

 

池田桂鳳先生の「さをしか」(万葉集)は「簡素美を出した作品。放ち書きで、文字の形もあまり作らず、自然な形で書いている。淡墨で墨量も少ない中で立体感を持たせている。落款も作品の雰囲気に合うように大和古印風の印を使い、全体をやわらかく素朴な感じにしています」と述べました。

 

井茂圭洞先生の「無常」(万葉集)は、「井茂先生が師事された深山龍洞先生は『矛盾抵抗』を唱えていらっしゃいました。常識的に調和させるのではなく、異質な要素による不協和音から新しい調和(大調和)を導き出すという理念だそうです。井茂先生の作品も、非常に強いところ、余白といった不協和音を調和させる難しい作品のつくり方を基調としている。綿密な計算をした上で、3行目から墨を入れて盛り上げ、大きな余白を取り、そしていつも必ず大きな文字を入れていらっしゃる」と細かく説明しました。

また、「非常にゆっくり書かれるので、紙に食いついていくような線質になっている。先生の作品には必ず『し』という字がありますが、私たちがパッと書いてしまうところをとてもゆっくり書かれる。途中でちょっと屈折していますね」と考え抜かれた作品の味わいを指摘しました。

 

榎倉香邨先生の作品「無限の岸」(若山牧水)は、「情感を大切にしている。芯にとても色気があると感じます」。また「音楽的」と指摘し、「榎倉先生は、リズムを感じ、それを音の世界として書かなければいけないとおっしゃっています。かといって、うるさくてはいけない。静けさ、激しさ、やわらかさ、鋭さ・・。それから呼吸を長く引っ張り、音色を違えてはいけないともおっしゃっています」と説明しました。

さらに「先生はとてもおしゃれなんです。美的なものすべてが(作品に)入ってきますから、皆さんもおしゃれをして感覚を養いましょう」と述べました。

 

 

黒田賢一先生の「梅の花」(万葉集)は、「直線を主軸にしてリズムを出している。白と黒がはっきりして、粘りのある線質だけど歯切れのいい字」と説明。また、「昨年、東京展の席上揮毫で私も初めて黒田先生が揮毫されるのを見ましたが、短い筆で、大きい字を体全体を使って書かれていた。かなの原点は漢字にあることを意識して、強い線で書く。だから遠くから見ても強さと華やかさが表れています」と評しました。
土橋靖子先生の「天の河」(万葉集)は「ふわっとしたソフトムード的なものを入れているけれど、そうかと思うと線の中に強さがずっと入っていっている。また、ゆっくり書くことで一字一字の中に墨の変化のリズムがある。やわらかくするために墨色を落として淡くし、ムードを出しているところも先生の持ち味だと思います」と指摘。「(最初に)大きな余白がありますが、(その左の)行頭の漢字を強く書くことで余白が生きています」と述べました。

 

読売準大賞のかな作品、かな系調和体作品も解説し、河合鷹山先生(かな)の「ほととぎす」(万葉集)は「真ん中に山を作り、墨色の変化もよく、リズムがあって一つのドラマを感じます」。豊原睦子先生(かな)の「山鳩」は「途中に大きい字を入れることで、作品の変化を出している。線がとても強く、大きい字と小さい字の組み合わせによって、全体的なリズムを感じます」と評しました。
橋本小琴先生(かな)の「こぞの夏」(古今和歌集)は「行間の白がきれいに映っている。墨を入れるとどうしても重たくなりますが、筆の先を立たせてうまく作品をつくっています。最後をどうまとめるかみんな悩みますが、その前に墨をしっかり入れて、墨がないままで終わっている。白文の印を押してキュッと締めていますが、ここが朱文だったら弱い感じがすると思います」と落款印を含めた構成美を指摘しました。

馬場紀行先生(調和体)の「初日の出」(自詠)は「強さがあるから白が非常にきれいに見えます。筆を回転したり、突いたりすることで強弱がよく表れています」と評しました。

 

最後に師田先生は「『目習い』という言葉がありますが、自分はこういうものが好き、合っている、と思う作品をよく見て客観的なものをキャッチする。そして、せっかくいい作品を見たら自分の作品に生かさなければ。『目習い』『手習い』の二つが大切です」と述べました。さらに「書でなくてもいいから美しいものを見て、悩んで、反省して。その繰り返しで私も少しずつ書けるようになった。皆さんも一緒にやりましょう」と呼びかけました。

 

 

 

2019年9月11日(水)11:20